1月17日13時から 舞台は阪神御影駅前「御影クラッセ」1階 クラッセ広場

エンカチライターの中島美加です。
西宮で阪神・淡路大震災を経験した私は、お正月が過ぎるとお祝いモードから一転、なんとも表現しがたい想いを抱くようになります。1.17に向けて…。あの日、いろんな体験をした人々にとって何年過ぎようと忘れられない思い出がありますよね。
御影で毎年1月に行われているのが「あなたを忘れない~震災追悼コンサート~」です。今年は1月17日、まさに震災があった日に開催されます。【琉球國祭り太鼓兵庫支部】が主催で沖縄ポップスバンド【美ら美ら】が出演します。【琉球國祭り太鼓兵庫支部】によると「阪神・淡路大震災で亡くなった方への鎮魂の祈りと今、生きている私たちを元気にするための追悼コンサート」とのことですが、実は発起人は大山真弓さんという一個人だと教わりました。
東灘区の死者1,470名 その数だけ、いえ、それ以上に悲しい物語がありました

追悼コンサートの開催経緯を聞きたくて、大山さんにお会いしました。震災前、大山さんは神戸市東灘区にある東灘福祉事務所で生活保護者のケースワーカーをしていました。震災後は事務所が遺体安置場所になり、その人たちの火葬搬送の仕事を任されました。大山さんは自宅が半壊し、2歳と4歳の子どもが通っていた保育園は全壊していました。今となっては果たして正解だったのか、と思うところもあるそうですが、当時は公務員という使命感から家庭よりも仕事を優先。子どもを実家に預けて仕事を続けたそうです。遺体安置所での対応や斎場への同行だけでなく、安否確認のために避難所を回ったり、罹災証明や被災者向けの貸付業務など、今までやったことのない業務が山のようにありました。
「東灘区で命を落とした人の数は1,470名。死亡者の数は神戸で最大でした。ケースワーカーで私が担当していた人も4人亡くなっていました。市内の斎場では間に合わず、大阪府や岡山県まで搬送されましたが、なかには2月初旬まで斎場の順番待ちで安置されていたご遺体もありました。斎場では直葬(儀式なく、火葬のみで弔う葬送法)でしたし、付き添う家族も限られました。そんな状況で、辛さと罪悪感で毎日、胸が押しつぶされそうでした。しかも阪神・淡路大震災の被災地というとマスコミは長田区ばかりを取り上げます。東灘が置き去りにされているような切なさでいっぱいになりました。そうかと思えば、突然カメラがやって来たかと思うと、行政がうまく動いていないと報道されて傷ついたことも。辛い日々を同僚と励ましあって過ごしていました」
自分の死を意識した経験もあり、追悼イベントをしたいという想いが湧き出ました

画像:初回のイベント風景 大山さんの音楽仲間の輪が広がり、集まりました
市営住宅が次々と建ち、その入居手続きの業務が一段落した頃、2005年に異動で神戸北区役所へ。2009年に胃ガンが見つかります。8月に告知をうけて10月に手術。自分が死を意識したこともあってか、術後、養生している間に思い出すのは震災時の悲惨な光景や体験ばかり。そんな折に「クラッセ店舗会」が広場で催しをするパフォーマーを募集していることを知りました。何か震災の追悼イベントができれば、と応募したところ「OK」の返事がクリスマスに来たのでした。
決まったのはよかったものの、準備が大変だったようです。演者集めから機材を揃えることまで、素人ゆえ、いろんな人を頼って作り上げていきました。ありがたいことに、仕事でつながりのあった東灘社会福祉協議会の人たちがチラシを作成してくれたり、音響資材の用意を手伝ってくれました。演者の方は、大山さんが習っている三線でつながった音楽仲間や区役所で一緒に働いていた同僚の所属するブラスバンド部、息子さんが通う小学校のハンドベルサークルなど、多彩な顔ぶれが集まりました。加えて入院中の大山さんが元気をもらった「一粒の種」の歌手・砂川恵理歌さんが無償で参加してくれたり、大山さんがこのコンサートで絶対に聴かせてほしいと願っていた曲「満月の夕」を、音楽ユニット【ゆい】や音楽仲間が歌ってくれたり…。2010年1月17日に行われた1回目の「あなたを忘れない~震災追悼コンサート~」は大盛況で幕を閉じました。
このコンサートは「あなた、あの日を忘れない」がキーワードです

画像:寒いなか、聴きいってくれる観客 御影駅のホームから見ている人も
「プログラムは最高のものでした。舞台の裏から見ていたのですが、寒いなか、野外の観客席は満席で、真剣なまなざしで聴きいっている人の中には涙を拭う方もちらほら。そして舞台も最高でした。ふと見上げたら阪神御影駅のホームで立ち止まり、こちらを眺めている人影が。ホームでのひとときでも参加ができるクラッセ広場でイベントができたことにも、とても感謝しました。震災復興のイベントはたくさんありますが、このイベントはタイトル通り、亡くなった方々を忘れない、という想いを込めています。あなたを忘れない。そしてサバイバーズギルト(残された人が感じる罪悪感)に苦しんでいる人たちにとって誰かを思い出し、偲ぶことが癒しになればいいなと思いました」と大山さんは振り返ります。実は大山さんが家族にイベントをすることを打ち明けたのは、イベント前夜だったとか。「三人の息子も主人も黙ってうなずいてくれました」とほほ笑む大山さん。ご家族にしてみれば、病後の大山さんの体のことは心配だったと思いますが、ガンを克服して元気になっている姿が嬉しかったのでしょう。

画像:インタビューを終えて
カラフルなストールは、トーンチャイムの演奏で追悼コンサートに参加してくれたたんぽぽ作業所のメンバーの作品
想いは大切に受け継がれ、今年も会場の心がひとつになるはず

そうして2013年の4回目まで大山さんが主催者として開催されたこのイベントのバトンを引き継いだのが【琉球國祭り太鼓 兵庫支部】でした。
大山さんの音楽仲間である【美ら美ら】のメンバーからの声掛けで、一緒に2回目から参加をした【琉球國祭り太鼓】。神戸の市歌になった「しあわせ運べるように」をやってほしいという大山さんの想いを汲んで、曲に合わせた振り付けを【琉球國祭り太鼓 兵庫支部】のメンバーが考案したそうです。
沖永良部島出身の歌手・大山百合香さんが歌う「しあわせ運べるように」に合わせて、踊り、絶妙なところで力強さを秘めた太鼓の音が入ります。その太鼓の音はお腹の底から心にまで響き渡り、なんだか勇気や元気がこみあげます。
今回のイベントにかける【琉球國祭り太鼓 兵庫支部】の想いは「震災から31年たった今、新しい住人も多くなり、震災を経験していない人、知らない人も増えています。震災のことを伝える機会も少なくなってきています。そこであの震災のことを忘れないために、亡くなった方々のことを忘れないために、音楽で鎮魂の祈りをささげたいと思います。そして集い、演奏し、歌い、語り合うことで、今を生きる私たちが希望を胸に、力強く生きていける一助になれば」とのこと。大山さんが大切に育てたイベントを、引き続き大切にしたいといいます。
取材後、「しあわせ運べるように」の歌詞を見返してみました。イベントでは歌詞カードを配り、会場のみんなで歌うのだそう。「亡くなった方々のぶんも毎日を大切に生きてゆこう」と 1番にも2番にも入っているこの歌詞。文字にすると重みが増して、心に染み入ります。震災を知らない世代にも、生きたいのに生きられなかった人がいたことを忘れない=大切に生きることだと、このイベントを通じて知ってほしいです。
「あなたを忘れない あの日を忘れない~震災追悼コンサート~2026」 概要

開催日:2026年1月17日 13時~
会場:御影クラッセ1階クラッセ広場
アクセス:阪神御影駅から徒歩約1分
出演者:美ら美ら、琉球國祭り太鼓兵庫支部
問い合わせ先:琉球國祭り太鼓兵庫支部

