沿線お役立ちコラム

小川雅章さんの描く寂しくも温かい大阪の工場地帯@千鳥橋「シカク」

インディー本の店で「小川雅章 個展 Osaka Lonesome Road」開催

神戸在住のチアフルライター、やまさんです。大阪の工場地帯をさすらう、のら犬テツを描いた小川雅章さんの個展「Osaka Lonesome Road」が今月6月3日からインディー本のセレクトショップ「シカク」で開催されています。いつもTwitterで小川さんの絵を見て良いなあと思っていたやまさん、実物の絵を見るまたとないチャンスと初日に勇んで行ってきました。

見たことがないのに「懐かしい」風景と対面

今回「Osaka Lonesome Road」展の開場となるシカクさんは阪神千鳥橋駅から徒歩5分、どこか郷愁を感じさせる昭和レトロな住宅街の中にあります。

古い民家を改装した店内。この奥に小さなギャラリー兼イベントスペースがあります。

小川さんは1985年から2018年まで大阪ミナミのアメリカ村、そして地下鉄本町駅の近くで「楽天食堂」という中華食堂をご夫婦で営んでいたそうです。食堂を経営する傍ら、約20年前から独学でアクリル画を描き始め、作品数も今では100点を数えるまでに。展覧会も何度か開かれており、今回で9回目になるそうです。

この日は小川さんが在廊していることもあり、午後4時過ぎにも関わらず、お客さんが入れ代わり立ち代わりやって来ました。多くは楽天食堂の常連さんや画家、イラストレーターのお友達のようで、どのお客さんも口を揃えて「懐かしい」と感想を述べていました。若い女性も現れて、熱心に絵を見たり小川さんに質問したりしていました。

テツがさすらう大阪の工場地帯とは

タイトル『浪速駅』(部分)

 

遠方に

波の音がする

末枯れはじめた 大葦原の上に

高圧線の孤が大きくたるんでゐる

地平には

重油タンク

寒い 透きとほる 晩秋の陽の中を

ユーファシャのやうな とうすみ蜻蛉が風に流され

硫安や 曹達や

電気や 鋼鉄の原で

ノジギクの一むらがちぢれあがり

絶滅する

    ―『葦の地方』 小野十三郎(1939年)

 

小川さんの描く工場地帯にはいつも一匹の犬が佇んでいます。そのモデルは小川さんが19年間飼っていた愛犬テツ。大阪の町工場で生まれて間もない頃に工場長さんから譲り受けたのだそうです。小川さんが描くテツが歩いているのは30〜20年前の西大阪。大阪で90年代を過ごした人にとっては懐かしく、若い人や、やまさんのように大阪をあまり知らない人にとっても、どこかで見たことがあるような、荒涼とした風景が広がっています。

 

日本には関東地方から九州北部にかけて太平洋ベルトと呼ばれる工業地帯があります。この中には京浜、中京、阪神の三大工業地帯が集結しており、日本の工業生産額の約3分の2を締めています。特に江戸時代から「天下の台所」として商業の発達した大阪は、物資の輸送に便利な瀬戸内海、網の目のように発達した水路を擁し、紡績工業を中心に一大工業地帯として発展、明治時代には「東洋のマンチェスター」と謳われるほどになりました。さらに第二次世界大戦頃には神戸、大阪、堺の大阪湾沿岸部で重化学工業・繊維・電気・医薬品などのあらゆる工業が発達、阪神工業地帯として世界最大の生産額を上げています。戦後も高度経済成長期からバブル期にかけてフル稼働していた阪神工業地帯ですが、大気や水質の汚染、地盤沈下などの問題を抱えるようになり、バブル期の終焉や大工場の移転などから、かつての活気に満ちた工場地帯は衰退し始めます。小川さんが描いたのはバブルが崩壊した景気後退期にあたる1990年代の西淀川区、此花区、港区、大正区、西区、西成区などの工場地帯です。

 

錆が浮き、ガラスの割れた建屋。砂利道には水たまりができ、雑草で覆われた線路は使われなくなって久しいようです。辺りに人の気配は感じられません。絵を見ていると、私達鑑賞者が鳥の目になってさまようテツを見ているようでもあり、はたまた私達がテツの目になって人間の営みの栄枯盛衰を眺めているようでもあります。工場地帯を歩くテツは、人間から管理されることなく、気の向くままにさすらい続けます。その様子は寄る辺なく寂しげでありながら、同時にすべてを達観しているようにも見えます。

テツが見ていた大阪の産業遺産の一部をご紹介

写真:2022年の2月に訪れた南海電鉄汐見橋線木津川駅。

 

テツが歩き回っている工場地帯の風景ですが、やまさんにはそのいくつかに見覚えがありました。実は西大阪を中心にかつて栄えていた工場地帯には、数多くの産業遺産・土木遺産があり、そういった場所を訪ねて歩く「まち歩きツアー」が度々開催されているのです。やまさんも何度かそういったツアーに参加したことがあります。では、テツと一緒にその一部を見ていきましょう。

 

上の写真は西成区にある木津川駅。1940(昭和15)年に建てられた駅舎が現在も使用されています。木津川駅が開業したのは1900(明治33)年。木津川駅の西側にある大正区には1960年代まで多数の貯木場がありました。紀伊山地で伐採された吉野杉などの材木がこの木津川駅で積み下ろされ、木津川を渡ってこの貯木場まで運ばれていたそうです。また、戦前まで木津川駅周辺には数多くの工場が立ち並び、たくさんの工場労働者が通勤していました。かつては労働者で溢れていた木津川駅周辺も戦後は衰退の一途をたどり、2019年の木津川駅における1日平均乗降者数は141名。大阪市の鉄道駅全体で最小となり、現在は逆に「大都会の中の秘境駅」として鉄道マニアやレトロ好きの間で人気を集めています。

写真:2020年10月に訪れた尻無川水門。防潮水門の試運転日に見学に行ったときのものです。台風などで高潮が起こった時にはアーチが降ろされ、町を浸水から守ります。

 

こちらは大阪の「三大水門」のひとつ、大正区にある尻無川水門。1970(昭和45)年に設置されました。港区の安治川、大正区の尻無川、木津川には、オランダの水門を参考にした、国内でも珍しいアーチ型水門が設置されています。それぞれ「安治川水門」「尻無川水門」「木津川水門」と呼ばれ、昭和9年の室戸台風や昭和25年のジェーン台風などにより何度も大きな被害を受けてきた、地盤の低い大阪西区一帯を台風の高潮から守っています。最近では2018(平成30)年9月に台風21号が関西一帯を襲った時、この3基の水門が降ろされ、浸水被害を防ぎました。そんな三大水門ですが、建設から既に50年が経過しており、近い将来起こることが予測されている南海トラフ地震による津波にも耐えられるよう、新しい水門に作り変えられる予定です。

尻無川水門の近くにある甚兵衛渡船場です。多くの川が流れる大阪には古来より多数の渡船場がありました。民間により運営されていた渡船場ですが、明治24年から大阪府の管理下に入り、明治40年からは安治川、尻無川及び淀川筋の29渡船場を市が管理することになりました。現在も大阪市内の8箇所に市営の無料渡船場が残されており、近隣住民の足として利用されています。渡船の側面についた大阪市の市章である澪つくしのマークが可愛いです。

今回のOsaka Lonesome Road展の案内状に描かれている『春日出発電所』は「シカク」から徒歩5分の場所だと聞き、行ってみました。絵の中を走っている車輌はJRの大阪環状線でよく見かけた103系。国鉄型の通勤車両として1963年から1984年までの間に3,447輛製作され、本州全域と九州で活躍しました。103系といえば神戸の和田岬線を走っていた水色の車輌が今年の3月18日をもって引退したのが記憶に新しいですね。環状線を走っていたウグイス、オレンジバーミリオン、スカイブルー、カナリアイエローのカラフルな車輌が思い出されて「あの頃は当たり前のように眺めていたなあ」となんだか切ない気持ちになります。現在103系が唯一現役で走っているのはJR加古川線のみになってしまいました。

写真:第同電力時代の春日出第二発電所(1922-1957)

Wikipedia 春日出発電所より

 

絵のタイトルにもなっていますが六軒屋川の川向うには「春日出発電所」という火力発電所がありました。1918(大正7)年から続く歴史ある発電所で、大正から昭和中期までは石炭を、1961(昭和36)年からは石油を燃料とし、大阪電灯、第同電力、関西電力と経営会社を変えつつ2002年まで運転され続けました。この発電所には昭和初期において第一・第二発電所併せて十数本の巨大な煙突がそびえていましたが、特に第二発電所の八本煙突は見る位置によって様々な本数に見えることから「オバケ煙突」と呼ばれ、工業地帯のシンボルとして大阪市民に親しまれていたそうです。そんな春日出発電所も1990年代になると1990年に運転を開始したLNG(液化天然ガス)を燃料とする南港発電所にその王座を譲り、2003年に解体されました。

絵と同じ角度から撮影してみました。春日出発電所はなくなりましたが、手前のガードレールや遮断器、金網などの設備は描かれた頃と変わらないようです。現在USJと環状線西九条駅を繋ぐJRゆめ咲線を走っているのは、103系の置き換えとして、2016年から2019年の間に製作されたJR西日本の323系。同じ線路の上を後継機が走っている風景にもまた感慨深いものがあります。

線路の少し先には1969(昭和44)年に建てられたローラーゲート式の巨大な六軒家川水門がありました。小川さんの描いた西大阪には実に多くの産業遺産、土木遺産があります。

 

今回の個展開場で、小川さんの描いた場所がプロットされた地図をQRコードからゲットすることができます。皆さんも展覧会に行かれたら、是非この地図を辿って、テツの歩いた風景を追体験してみてください。

多種多様なインディー本が揃った「シカク」で「私のためだけの本」を探してみよう

写真:ドアの裏に作家さんのサインが並んでいます。

 

12年前に営業を始めた「シカク」さんは2017年にこちらに引っ越してこられました。「シカク」では個人やサークルが制作したインディー本(ZINE、同人誌)をメインに店主の竹重さんやスタッフの皆さんが独自の視点でセレクトした書籍や雑貨を販売、店舗スペースの一部ではギャラリーやトークイベントも開催されています。やまさんも平民金子さんの神戸本『ごろごろ、神戸。』の出版記念トークイベントが開かれたときに、こちらに伺いました。

古民家を改装した店内は梁や柱の構造がよく分かり、とても興味深いです。

店長の竹重さんのお薦め本はこちら。『ダメな園芸』はなぜか家の鉢植えをことごとく枯らせてしまう実例をつぶさに紹介し「うちの花もなんでか枯れてしまうねん」と女性読者の共感を呼んでいるそう。『原田ちあきの出産レポート』の著者は竹重さんのお友達。分娩室に入ってから赤ちゃんが生まれるまでの丸4日間(!)の体験談が克明に記録されており、思わず吹き出してしまう内容だそうです。

神戸在住のやまさんは『コープこうべ大図鑑』がすごく気になりました。コープといえばやはり神戸が発祥の地ですから。

 

いわゆるインディー本は以前から同人誌、個人誌、最近ではZINEなどと呼ばれ、個人的な趣味やマイブームを発信する手段として、出版社を通さず個人で執筆・編集から印刷・発行までを行うものです。どの本も作者の趣味に対する愛に溢れており、「あなたもきっとこの世界が好きになるはず」と誘惑してきます。ここに来れば「これは私だけのために書かれたのでは?」と思えるようなニッチな本との出会いがあるかも知れません。

 

小川雅章 個展 Osaka Lonesome Road 詳細

小川雅章 個展Osaka Lonesome Road

開催期間:2023年6月3日〜6月18日

開催時間:13:00〜19:00

※6/6、6/7、6/15、6/16は店休日

小川雅章*website

シカク

アクセス:大阪市此花区梅香1-6-13

阪神なんば線千鳥橋駅から徒歩5分

JR・阪神なんば線西九条駅から徒歩15分

営業時間:13:00〜19:00

定休日:不定休(店休日はシカクのHPをご確認ください)

 

 

【参考】

日本の工業地帯・地域 ネットの学校 Hello School

水都大阪の歴史 水都大阪

南海電鉄木津川駅-「都会の秘境駅」の知られざる歴史【南海電鉄歴史紀行】 ご昭和ねがいます

土木遺産㉛ 大阪を高潮から守った3基の防潮水門 カンサイ ドボク スタイル

大阪湾高潮対策の効果(平成30年台風21号) 大阪府・国土交通省

 

文/チアフルライター やまさん

やまさんの過去の記事はこちら

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